2020年11月7日

全身麻酔してきました

 ある手術をすることになり、初めて全身麻酔を受けた。

手術自体は2泊3日で済む、医者いわく簡単なもので(実際は土日を挟んだので4泊5日)、この経緯に関してはいつかその気になったら書くかもしれないけど、今回は全身麻酔がどうだったかを覚えておきたいので記しておく。


全身麻酔を受けることになったとき、少し不安に思ったのは全身麻酔から目覚めてこないこともあるかも?ってこと。

全身麻酔で死亡する確率は何調べか知らないけど10万人に1人というのを見たことがある。

全身麻酔の仕組みはまだ解明されていないらしい。

麻酔科の診察を受けるときも、がっつり危険度についての承諾書を書かされる。

だからって遺書を書くのも大袈裟だしなー、と思いながら緊張してその日を待った。


手術が近くなるともうお任せするしかないという気持ちになっていった。

それより手術後はしばらく動けないのでヨガしておこう、と土日は病院の中庭で練習した。

そして手術当日の月曜日。

病院では手術は難しいものからやっていくということなので、私の順番はその日の最後、夕方の17時からになった。

朝から点滴をつけて、飲食禁止でひたすら17時まで待つって暇すぎる。。。

17時10分前くらいにやっと手術室に呼ばれた。



手術台は暖かくて気持ち良い。

フカフカのお布団に横になる感じ。

麻酔はマスクからガスのようなものが送られてくるということだった。

どのくらいで意識がなくなるのかなと思って、割と長めのマントラ Devi Mahatmyamを唱えると決めていた。

「麻酔始まりますよー」と言われてマントラを唱え始めた。

麻酔医師「そろそろボーッとしてきたかな?」

私「・・・いえ、まだバッチリ目が覚めてます」

どこまでマントラ唱えたっけ?話しかけられてわからなくなったんで、最初からやり直し。

麻酔医師「そろそろ〜」

私「まだ〜」

のやり取りを3回したところまでは覚えている。

話しかけられてはやり直しを繰り返したので、どこまで唱えたのか覚えていない。

気づいたら名前を呼ばれて「終わりましたよー」だった。


ヨガの考え方としては、起きている状態、夢を見ている状態、深い眠りの状態は同じだと言われる。

特に起きているときと夢を見ているときは、両方とも思考を通して物事を受け止めている。

思考(心)は変化するもので、心=『私』ではない。

見つめる意識だけが真の『私』

それに気づくことが悟りであり、自己からの解放、苦しみからの解放となる。


全身麻酔がとけ名前を呼ばれた瞬間、バチッと目が覚めた。

麻酔から覚めると気持ち悪くなって吐いたっていう話を何人かから聞いたけど、私はびっくりするくらい良い目覚め。

爆睡した後のように、すっごくよく寝て気持ち良かったーという感じだった。

自発呼吸さえも止まっていたにも関わらず、気持ち良かったと知っているって、、、

そこに『私』がいたってことか。

体でもなく呼吸でもなく、心でもない『私』。


目覚めた直後、気持ち良すぎてなんだかよくわからない活力が湧いてきた。

あー、体を動かしたい!(声に出していたと思う)

とっさにスプタパタングシュタアーサナ(仰向けで片足を上に伸ばして足指を掴むポーズ)、セツバンダアーサナ(橋のポーズ)、マツヤアーサナ(魚のポーズ)を手術台の上でやっていた。

動くって、気持ち良い〜!

そこにいた人達の反応はうろ覚えなんだけど、主治医の先生が「鈴木さんはヨガの先生なんで」って他のお医者さん達に説明しているのが聞こえた。

他の医者や看護師さん達がびっくりしていたんだと思う。

後から考えると、その時は酸素マスクも尿の管も心電図も点滴も付けたまま。

そしてワンピース型の手術着なので足を上げたらパンツが丸見えの状態。。。

どうなんだ、それ。(どうせ手術中は全裸見られてるんだけど、笑)


その後ベッドのまま運ばれて病室に着いたのが18時過ぎくらい。

点滴、酸素マスク、尿管への管、静脈瘤を防ぐための足のポンプはそのまま。

麻酔から覚めてくると無性にトイレに行きたくなってくる。

私「おしっこしたい〜。これって出してもいいんですか?」

看護師「管繋がってるから大丈夫、よく出てますよ〜」

「あと3時間くらいはこのままね」

ここからが忍耐だった。

足が暑くて寝られないし、尿意は常にあり。

酸素マスクは途中から自分で外しちゃって、起き上がってiPhoneを取り出した。

気を紛らわせるためにニュースとか見ながら時間が経つのを待つ。


21時の消灯でナースコールして「これってもう外せますか〜?」

やっと点滴だけになった。

歩くのは大丈夫。

とにかくトイレに行っておしっこ。

出ない〜!そして痛い〜!

夜3回トイレに行ったけど、全部で100mlくらいしか出なかった。

丸1日水分取ってないからそりゃそうか。

その後翌日くらいまではトイレが近くて、そして我慢が効かないっていう状態が続いた。

おしっこするときの痛みも翌日の午前中くらいまであった。


翌朝7時半の朝食。

32時間くらい食べ物を口にしていなかったんだけど、あまりお腹は空いていなかった。

それよりも呼吸のために入れた管で喉をやられたらしく(出血したと医者が言っていた)、喉が痛い。

固形のものを食べるのが辛いので、戸棚に隠し持っていたゼリーを食べた。

主治医と麻酔医師の診察を受け、点滴を外して退院。

手術部分の痛みは全然なく、麻酔の影響も喉の痛みと尿意以外はない。

2週間はあまり動かないようにと言われているのに、耐えるのが大変かも。。。

実家に帰って母が作ってくれた雑炊とゼリーをぺろりと平らげた。

しばらく消費カロリーよりも摂取カロリーの方が多い日々が続くんだろうな〜。


病院から見たブルームーン


2020年11月4日

ナマステVOL.26 書きました

ネタが尽きてきて、毎回絞り出して書いてます〜。

https://hatisari.blogspot.com/p/blog-page_9.html


今回のコンテンツ

- インドの甘〜いデザート

- 2021年うし年に向けてキャット&カウを極めよう! 

- 魔法のランプ!?

- おまけ インドの猿 ハヌマン・ラングール




2020年11月1日

スタジオ10周年

スタジオを始めて満10年になった。

スタジオというのは私が続けたくても来てくれる人がいなければ消滅するもので

クラスに参加してくれる皆さんのおかげ。

感謝の言葉をこちらに載せました↓↓

https://www.yogashala-hama.com/2020/09/blog-post_30.html


10年ということで自分の備忘録として歴史を振り返ると、、、


2010年7月に半年間のヨガ旅から戻り、それまで勤めていた会社も離れることが正式に決まった8月、友人のジュリアとスタジオをやろうという話になった。

私は公民館でやっていたクラスを半年ぶりに復活し、数ヶ月後の10月にオープンしたヨガシャラ浜松(上島)にそのクラスを半分移動。もう半分は志都呂の貸しスタジオへ。


順調にスタートしたスタジオだったけど、翌年3月にジュリアは家族の仕事で九州に引っ越すことになった。

家賃折半、場所はジュリアの住んでいる建物ってことで決めた上島。

離れるジュリアも辛かったと思うけど、私にとっては続けていくのに不安要素しかなかった。

物質的な場所なんてなくてもヨガは伝えられる、スタジオを手放そうかと思っていた時に水漏れ事件が発生。

スタジオが入っていた建物の上の階で水道の水が出っぱなしになって、スタジオ内が水浸しになったのだ。

苦労して書いたスタジオの壁の絵が水で流れかけているのを見てもう少し続けよう!と思った。

どういう思考回路か謎。


その後は何人かのインストラクター来てもらい、上島に5年いた。

家賃の支払い、他の先生とのコミュニケーション、駐車場のこと、、、日々夢中でジェットコースターみたいな毎日だったなーと思う。

2014年に長期入院することとなり、このままのスケジュールではいけないと思って2015年9月に西山に引っ越すことにした。

それのすぐ後に志都呂も西山へ統合。

家賃が抑えられて無理して他のインストラクターに来てもらわなくてもやっていける場所、気心知れた友人の家の一角を借りることにした。


西山での5年はメリーゴーランドって感じかな。

自分のペースで上げたり下げたりコントロールできて、多少の風は吹くけど安定して動いていける。

いろいろあった気もするけど、それでもこの場所は淡々とここに在るって感じ。

私自身の探求はディープなところへ向かっていって、ちょっとマニアックな雰囲気を醸し出すスタジオにもなってきたかも・・・?

物事は常に変化していくもので、これからどうなっていくかもわからないけど、なんとかなるんだろうなーと思う。


ヨガを伝えることが仕事になっているけど、修業者であることが基盤。

代々伝わる教え、自分が受け取ったものと向き合って、繋げていくのが私のダルマ(役割)なのだと思う。




2020年9月8日

クライブの詩集

 待ちに待ったクライブ・シェリダンの詩集が届いた。
クライブの2冊目の詩集 『Free From Me』


まだ読み途中、大事にゆっくり読んでいる。
最初のページにこの本を出すにあたってのクライブの感謝の言葉が出てくる。
もうそれだけでジーン・・・(笑)

その後に女神の森(クライブの家)でおそらく本を書き終えたときの言葉。
そしてその後5ページに渡ってタントラとアドヴァイタの要素がギュッと凝縮して書かれている。
この5ページは本当に貴重!
私が12年間に渡って受け取ってきたクライブの教えが端的に書かれている。
たった5ページで!?って思うけど、教えはシンプル、真に理解するには長い年月がかかる。

そして詩へと続く。
英文なのでわからない単語が時々あって調べながらになる。
調べると読むリズムが崩れるので、リズムを保つために音読する。
そうすると発音でつまずくという・・・(笑)
でも1つの詩が短いから心折れずに読める。
一行ごとに噛みしめて、所々に入っている写真や絵を眺めたり、前の詩に戻ったりしながらゆっくり読んでいる。

日常の中に埋もれそうなときに、純粋な意識を観つづける者であれとリマインドしてくれるだろう本。
これから何度も開くことになると思う。

私がクラスでなかなか伝えにくいなーと思っているDevotion(献身・専心・帰依)の要素。
それが詩や写真や絵というアートな形を通じてうまく伝わるといいなと思う。

余分に取り寄せたので、スタジオで2冊販売します。
欲しい方はぜひ!

2020年7月2日

ナマステVOL.25 書きました

ナマステVOL.25(2020年夏号)です。
今は行けないと思うとインドが恋しくなってくる〜。

今回のコンテンツ
- ステイホーム おうちでインドを楽しむ方法
- インドネシアの納豆?テンペ
- ピッタを整えるポーズ
- インドのおしゃれ服ブランド
- おまけ インド人もびっくり。ヒマラヤが見える!!


2017年インド・西ベンガル
バウルの村を訪れたときの写真

2020年5月26日

オンラインヨガと自粛生活

緊急事態宣言が解除された。
宣言前から早めにスタジオを閉めたので、4月3日から約2ヶ月弱のオンラインのみのヨガクラスだった。

オンラインヨガの良いところは、遠方の人も参加できること。
海外はアメリカ、ドイツ、オーストラリアから、国内も以前浜松にいて遠くに引っ越した方や遠方の友人達も多く参加してくれた。
いつもクラスに来てくれている方も気楽に参加しやすかったと思う。
夜遅くのクラスでも終わってすぐ寝られるのは良い。
私自身も片道30分の移動がないのはすごく助かった。

クラスが無料だったので(ドネーションしてくれた方、ありがとうございました!)気軽に参加しやすいというのもあったかな。
座学なんかは意外な人が参加してくれたりして、いろんな意見が出たのは面白かった。

オンラインでのクラスは他にも良い面があって、周りを気にせず自分のペースでやりやすいということ。
私は近くに置いたパソコンでみんなの様子を見ながらやっているんだけど、結構途中でのんびりしている人もいる。
「家だと途中でサボっちゃうんです」と言う人もいたけど、それはそれで無理しすぎずできて良いと思う。
あまりにもサボっていたら、こっちから見えてるよアピールするんで(笑)

逆に、どんどん暴走していく人もいる。
細かい意識はどっかに飛んでて指示の声を聞かずにどんどん先にいっちゃうっていう・・・。
オンラインだとスタジオよりもそれが加速する。

あとは常に画面を見ないと不安な人もいるようだ。
自分の姿を画面で見るのが辛いって人もいたりして。。
そんな自分を知って、客観的に自分を捉えられる機会になると良いけれど、スタジオクラスでクラス最初に話していたような「ヒント」を話す時間を取るのはオンラインだとなかなか難しい。

スタジオだと私はガイドをしながらポーズをあまり取らないタイプ。
オンラインだとポーズを取らないとわからない人もいるので、私もほぼ全て一緒にやる。
(その割にはヨガやった感がなくて、自分の練習は別でやるという効率?の悪さ)
なのでみんなの様子をそこまで細かく見られない。
カメラの角度で見えないことも多い。
みんなも細かいところは見にくいだろうし、声でのガイドだけだと難しいこともある。
それでもZoomは有り難くて、You Tubeのように一方的ではないのが良いという意見をよくもらった。

実際に同じ空間でやるヨガは、お互いの息づかいだったりその場の空気感だったりで、「あ、ここはうまくいってない」とか「これは受け取ってる」っていうのがわかりやすい。
たとえその場でそれを口に出さなくても、様子がわかるとじゃあ次これやろうと組み立てやすい。
「1%の理論、99%の実践」と言われるように、積み重ねの中で感じていくのが大事で、それをするためにも空間を共有することは意味がある。
ヨガが伝統的に師から弟子へと直接伝えられてきたことが分かる気がした。

とはいえ全ては各々次第なのだけれど。

オンラインヨガでの私のツボ。
縦方向にカメラを置いている人はチャトランガーアップドックの流れで、一瞬消えてからモグラのように顔がぴょこっと出てくるとこ。
みんなすごく可愛いくて、ほっこりする。

試行錯誤が少し落ち着いてきた頃に、今度はスタジオ再開でスタジオクラスのライブ配信という新たなチャレンジ。
スタジオでみんなと会うのも楽しみだけど、コロナ対応もどうやっていくかという課題も。
工夫しながら、楽しみながら、次の1歩へ。


ところで、自粛生活。
本をたくさん読もうという最初の予定は全然実行されず。。。
物作りが多かった。
あとは甥っ子姪っ子の勉強マル付けとか、意外に忙しかった〜。


 姪っ子と藍染め

マスク作りも10枚を超えるとどんどん早くなる

蜜蝋でエコラップ製作

甥っ子姪っ子と生チョコ作り

久しぶりに映画鑑賞 インド満喫「ナーガ、永遠のヨギ」

実家で流しそうめん
竹がなかったので筒は紙コップや牛乳パックで製作

姪っ子と犬と水遊び

陶芸で変革の女神カーリーを作った


2020年4月6日

カーリー女神の寺院 ターラピッタへ * 2020インド

バクレシュワから車で数時間、ターラピッタへ行った。
殺戮の女神カーリーの色は赤。
私達3人は上から下まで赤い服を着て出かけた。
ここに来ているインド人達も思いっきりオシャレして来ている。
家族そろっての真っ赤や足まで赤い粉で染めている人も。

この世の中、コネとお金がモノを言う。
バクレシュワに住む友達の知り合いというターラピッタの僧侶に賄賂(?)を渡し、裏口からショートカットでお寺に入った。

裏から入って僧侶に呼ばれるのを待つ

表の入り口、本当はここから入っていく

上の廊下には女神に会うための長蛇の列

女神のいる建物まで列は続く

裏門から入って、奥の建物に入るまで少し待った。
その間に列に並ぶインド人達を観察。
女神に捧げるヤギを連れてくる人も何人かいた。
いまだにこういう風習が残っているっていうのが、日本の感覚からすると信じられない。

気持ち良さそうに昼寝のおじさん

そしていよいよカーリー女神にご対面するべく建物の中に入る。
本当ならカーリーの像に触れられないくらい人がぎゅうぎゅう詰めになるらしいんだけど、そこは裏口組、まあまあ余裕がある。
そして「なんと、特別にカーリーとハグできるってよ!」と言われた。
ハグ?どうやって?
友人のインド人は100回以上ここに来ているけど、こんなことは滅多にないという。
どうやらありがたいことらしい。

中では僧侶達がカーリーに洋服を着せたり、花を飾ったり、聖水をかけたり、マントラを唱えたりとプージャ(儀式)が行われた。

カーリーが着飾っていく

ジャーン、出来上がり

僧侶がビンドゥ(額の点)をつけてくれる

そしていよいよハグタイム。
順番に並んでカーリーのもとへ行くと、僧侶にガッと首根っこを掴まれてカーリーの胸の辺りに顔を押しつけられる。
カーリーは洋服を着ていて胸は柔らかいから痛くはないんだけど、ここにみんなが顔をつけていると思うと複雑。。。
インドにコロナが来たらクラスター間違いなしだな。

ランチタイム

外ではたくさんの人達がお昼ご飯をもらっていた。
裏口組の私達は建物の中で特別っぽいモノをもらう。
神様からもらうありがたいご飯。
どんなかなーと待っていたら何やら肉を揚げたような塊が。。。
まさか、生贄のヤギ・・・?
と思ったら魚だった。
私達はベジタリアン仕様で魚は食べず、野菜のサブジやビリヤニをもらった。

ご飯を待っている間の自撮りショット

カーリー寺院のすぐ横には火葬場、そしてまた別の神様の場所がある。
そこでは怪しげなサドゥー達が集っていた。

真っ赤な神様

こうしているとインド人だと間違えられることが多い

多分、ヤギの首を落とすために使っていたものだと思われる

参道のお店でショッピング

変革の女神カーリーのパワーは強い。
エネルギーをバンバン放ってくる。
どんどん便利な世の中になって、欲しいものも手に入るけれど、それと同時に何が大切なのか見失いそうな今の時代。
カーリーは「目覚めよ!」と私達に投げかけてくる。

2020年4月2日

スタジオの臨時休業を決めました

スタジオの臨時休業を決めて、先週から始めていたオンラインクラスに全面的に切り替えることにしました。
まだ浜松は感染者が少なくて、今スタジオを閉めるのは早すぎるように見えるかも?とも思うけど、欧米の様子を見ていればこのままではあっという間に感染が広がるように思います。
これから都市部から地方へと人の流れが多くなるでしょう。
もう今でも県外ナンバーの車を多く見るようになってきました。
浜松も他人事ではないです。

ヨガで学んできたのは物事をありのままに見て、自分の意思で進むこと。
今自分に何ができるのか、何をすべきかを見極めよう。
周りがどうするかとか、社会的にどうかとか、そういうことではない。
政府がマスク2枚配るかを話し合っている間にどんどん感染は広まっていくのだから、行政の決断を待っていたら間に合わない。
自分で決めなきゃ。
今は少しでも人の動きを少なくして感染を広げないことが大切、その時期に来ていると思いました。
幸い私は環境に恵まれていて動きやすい(決断しやすい)状況なので、私の決断で周りの人達に少しハッとしてもらえればとも思います。

自分がオンラインでクラスをやることは一生ないと思っていたので、なんだか不思議な感じ。
実際にスタジオでクラスができることがこんなに幸せなことだったんだと気づきます。
でもオンラインにはオンラインの良さがあるので、不慣れで上手くいかないかもしれないけど、工夫しながら進めていきます。
家にいてもみんなの顔が見られて、コミュニケーションが取れるって、文明ってすごい。

ヨガの良いところはどこにいてもできるところ。
家にいても体、そして心の健康を保てるようヨガが助けになることを願います。
瞑想しましょう!呼吸しましょう!ヨガしましょう!
個々の場所にいても繋がっていることを思い出して、この状況を一緒に乗り越えていきましょう。
実際にオンラインで繋がれるし!

1日も早くまたスタジオでクラスができる日が来るのを願って。

鈴木里枝(ヨガシャラ浜松 サリ)




2020年3月28日

聖地バクレシュワ * 2020インド

西ベンガル州にある小さな村バクレシュワに来たのは3年ぶり。
ここはクライブがクライブのグルと長年過ごした場所で、私にとっては聖地だ。

バクレシュワのメインロード!
端から端まで10分もかからないくらい

よく行くチャイ屋さんのカウンター
昔商売をしていたおばあちゃんの家を思い出した

チャイ屋で作っていたサモサの中身、美味しそう
でもこれを冷ましている間にハエの大群が集っていて食欲が失せた・・・

おじさんがナスを薄くスライスしてた
その道具が面白い形

そして次々に揚げ物を作っていく

ナスのフリッターが美味しいとすすめられて食べてみた
揚げたてでも油っぽすぎて無理〜

滞在したアシュラム
バクレシュワにはあまりご飯を食べる店がないので三食アシュラムで出してもらう

朝ごはん
ゴパラというここの次期スワミがご飯を作ってくれる
彼のチャパティはどこよりも美味しい

お昼ごはんはちょっと豪華
手で食べるのは口にする物のエネルギーを感じるために大切なことだと言う

夜ご飯
そうは言っても汁物を手で食べるは難しいー
苦戦していたらスプーンを持ってきてくれた


バクレシュワの町の外れにスマシャン(火葬場)がある。
私達は朝の瞑想へ行く時に毎日ここを通る。
空き地に組んだ木が置いてあり、その上に遺体を乗せ火をくべている様子がわかる。
若い人だとか老人だとか、男性か女性かもわかる。
インドでは人の死は人生の苦しみから解放される喜ばしいことだという考え方があるけれど、泣き叫んで悲しんでいる家族を見ることもある。
人にはいつか必ず死がやってきて、それは特別なことではない。
それがここでの日常。
ここで育つ子はどんな大人になるのだろうと思う。


スマシャンの向こう側に小さな川があって、その向こう側にグルの家と女神の場所があるんだけど、木の橋がなくなっていた。
仕方なく早朝の寒い中、裸足で川に入って渡った。
朝まだ暗いうちの女神の場所での瞑想は凍えるほどの寒さ!
タンクトップ、長袖シャツ、パーカー、ダウンジャケット、レインジャケット、毛布2枚にルンギ、とありったけの物を着てモコモコの瞑想になった。
そして場所を移動してグルの家でも瞑想。
ここに導いてくれてありがとうって自分の祖先を訪ねている気持ちになる。


バクレシュワに来る度思うのは、私が今学んでいるヨガの知恵は古代インドで脈々とグルから弟子へと受け継がれてきたものだということ。
私はそれを次に渡していく。
自分のエゴを入れてはいけない。
ただ真実をそのまま伝える責任がある。
そのためには自分が修練を重ねること。

パンチャ・ムーンディの木の下での瞑想
この木の下には5つの動物の骨と5つのカーストの人の骨が埋められている
タントラの教えでは死への恐怖を断ち切ることが重要だという


私が帰る前日、裸足で小川を渡らなくても向こう岸に行ける方法がわかった。
あんなに寒い思いをしなくても良かったのかー


2020年3月23日

ナマステVOL.24 書きました

ナマステVOL.24(2020年春号)書きました。
冬号は無しというのが毎年当たり前になってきてしまった。。。

今回のコンテンツ
-ヨガとアーユルヴェーダで新型コロナウイルス対策
-インド腹にはこれ!シリアムハスク
-インドの揚げパン バンズ
-カパを整えるポーズ ヴィーラバドラー1
-おまけ みつろうエコラップ for Low Waste

https://hatisari.blogspot.com/p/blog-page_9.html


2020年3月19日

西から東へ * 2020インド

コルールはインドの南の西側に位置する。
次の目的地のバクレシュワはインドの東側、そしてもう少し北。
移動が長いので、途中でベナウリンとコルカタに泊まりながら向かう。

ベナウリンのビーチは相変わらずのんびり〜。
空港から近いせいか、滞在している人の年齢層が高くて目の保養は期待できない、笑。
海もそれほど綺麗じゃないけど、それでもビーチの開放感が嬉しい。
1泊だけの滞在中にイタリアンでご飯とアルコール、ジャーマンベーカリーでコーヒー&クッキー、と豪遊してやった。
次なるバクレシュワに備えて美味しいもの食べとかないと〜。

ベナウリンの夕陽

ベナウリンでキャサリンと別れてゴアの空港へ。
そこからコルカタへ飛ぶ。
コルカタには2泊した。

コルカタで朝チャイ

プラスチックや紙のカップが増えてきたけど
コルカタのチャイ屋さんではいまだに陶器のカップを使っている

コルカタに来ると南インドとは違うなーと思う。
南と比べると人はわりと無表情で口調が少し強い気がする。
教育や金銭水準も南の方が高いんだなって見て取れる。
大都市の割には貧しい感じがあって、コルカタは数年前とあまり変わってない気がする。
町は渋滞が多くて酷い排気ガス。
牛の糞が乾いて舞ったり、道路がガタガタで土埃が酷かったりであっという間に喉がおかしくなった。

それでも楽しいコルカタショッピング♪
移転したファブインディアにカフェができたのでオシャレご飯を食べた。

新しくできたファブカフェ
めっちゃ美味しかった〜!

コルカタのストリートガール
通行人がお金を置いていく
こんな絵が書いてあったらなんか払っちゃうよね

路上の花屋さん

コルカタに2泊した後に列車移動。
駅の外でチャイと卵サンドを買って長旅に備える。

店の後ろはゴミの山・・・

コルカタのハウラ駅から4時間弱、ドゥブラジプール駅へ。
列車の旅も今はiPhoneで自分の位置がわかるからすごく楽になった。
ドゥブラジプールからはリクシャー移動。

ドゥブラジプールからバクレシュワへ向かう途中
カッコイイ牛車が来た

埃がすごいんでこんな感じで
この時はコロナがこんなことになるなんて思いもせずにマスクしてた・・・


今までリトリート後は1人で旅するのが常だったので、久々に誰かと一緒のインド旅。
1人旅とはまた違う楽しさがある。